2011年12月15日

霜月祭り。千と千尋と神と紙。

_DSC5905.jpg

人間の心はころころといつも回っていなくてはいけない。
でも、気がつくと、ある角度に歪んだまま固まってしまう事がある。

優しさについての命についての理想論はたいそう美しいモノが転がっているのに、
なぜか現実には、全てはのうのうと、いきている。
そんなどうしようもなさを、しれっと包括して、
霜月祭りは暮れに乗じて、
目に見えない力で祈りと、叶うための動きで、
火の回りをくるくると舞い続けながら、少しずつ歩を進める、
ボレロのような儀式を見せてくれた。

シンプルな一連にはとらえようによってはどうとでも肉はつくけれど、

ほのぼの行われている割には、なんだか妙に効力あるもののように思われた。

昔とは変わっちゃったんですよね。。。

と、嘆く方もおられたけれど、いや、充分に意味や感じるべき事の手がかりは残されていて、
どう、この世の憂さを流し、希望を携えるべきか、
君や私はなんなのか、
人生の中で浮いてくる疑問のほぼすべてに応える、
そこにはそこそこ十分な呪文があった。

曖昧な問答の繰り返しでなく、
見えるまで稽古させられる、なんだろな、おもしろい、うん。
そういう感じのアプローチ。


なんだろう、環境映像見ている間にCDれんずがきれいになってるみたいな、
視線避けが効いてるのがしびれる。

分かりにくく作るのがいいのだ。
こういうのは。
わかると、やらなくなるから。
わかると、好き嫌い出ちゃうから。

お社がぎゅうぎゅうで、ハイライトは写真には残せなかった。
でも、私の隣でUstしてた人が、アングル変え変え、根気よく追っていたから、
(しかも背が高い!)

いい映像もどこかにあるかもしれない。

モノを知る事が震えるほど嬉しいのは、過去のクリエイターとはなせる事。
モノを知る事がひたすら寂しいのは、知っては従いがたい現実が増える事。

自分をもっと愛して、大切にして、手の届く範囲のみんながちゃんと「活きて」いるか。
その人達とフランクに会話が出来るか、それを、2012年は確認しよう。
色々「シェア」な世の中だけど、個体差や格差はシェアは難しい。
男がシェアシェアいうことに、絶対に女はシュアとは言わないよ。
けど、いい湯につかるためには上下かえさんといかんのよな。

霜月祭りの持っている恐ろしい予言と設計図は、
暖かく優しく熱く冷たくそっけなく親切に、
なぁ、つきあっていくならこういう感じだろう?
と、私に話しかけた。


草食動物にすらはまれる草が退屈にあかせて、
肉食龍を呼んで、自分たちの上で草食動物が食われて行くのを、面白く見るのをしるような。
全ての利己を感じる、永遠に身もふたもないもの。



薪が終わる頃、皆様の使った湯は減って、
そんな湯を面倒見てきた神主達が、それこそそこにふたをかける。

どうよ、おもしろかったか?
こういうの、すきだろう?
絶望しかないすじがきも、本を閉じればただの書物。
おまえの人生のおとしまえを誰がつけてくれるのか、
うすうすおもうことを、うすうす眺める気持ちは、
冷たくて静かで、心地よかろうよ。
こんなに熱く煮えたぎってはいたけれども。。。

土産をやろう、何を拾う?
ああ、ちくしょう、チリを拾っていただきます。

いぶられて黄色く枯れた八つ橋に切られた和紙を頂いて帰った。

うわぁああああああああん(あ▼あ;)

どうどうと、活きよ。
橋はいつも開かれている。

黒人霊歌にもにて、恐ろしい夜。
真っ白い神主達の薄墨の文字を夢に見た。

吉日なり。
吉日なり。


posted by つぐみ at 23:00| 東京 ☀| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
つぐみさん、みなみ信州好きなんですね。うれしくなります。
私も東京で暮らしていますが、みなみ信州の伝統芸能、、というかお祭りも、食べ物も、同地域に高低差のある風情も、結構好きです。

Posted by 東京人 at 2011年12月23日 02:52
南信州だいすきです。
一番好きで、とんでもなくすきなのが、
その地形です。
そこを中心にいろいろなことが連鎖して好きです。

色んなヒントがあるんだ。
それが見えれば見えるほどつながって、
導かれる感がたまらないのです。

好きな理由をじぶんなりに分かってるような、
そうでもないような。。。不思議だね>東京人
Posted by つぐみ at 2011年12月25日 19:09
 今は飯田市だけど、千と千尋の霜月祭がある旧南信濃村には母親の実家があり、
小さい頃にはよく遊びに行きました。
ちなみに隣村の天龍村が僕の出身地です。
Posted by ciro at 2012年01月20日 07:11
あらららららららら!!!
そうそう。
「飯田市」とひとくくりにしにくい何かが、周辺の村にはありますよね。
そんなとき南信って言葉が使われるのかなぁと思う最近です。
なんと!ciroさん天龍村のご出身なんですね!
いいとこであります!>ciro
Posted by つぐみ at 2012年01月21日 01:40
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