2007年11月30日

ふぉんと!



う〜ん。「裸の女性を並べてアルファベットを作ろう」って結構思いつく人って多いと思う。もしかしたらプレーンな思いつきだったかもなのにちょっと過去の作品と酷似しているという事で、自分の思いつきの起源をもっと過去のものに求めていくのは、どちらにせよ自分の「思いつき」を認めてあげられないことがさみしい。

正直なようにするために嘘つきになってなきゃいいけれど。

記録媒体ってやぁよね。
クリエイティブって学べば学ぶほど、本来自然とわき起こったかも知れないひらめきや喜びがみんな模倣になる。

ヘレンケラーだったかなぁ。もうとても古い本で読んだときなんだけど「自伝なら誰のまねにもならないわ」って台詞があってね。生い立ちが個性的すぎるヘレンケラーが実際そういったかどうかは解らないけど、その本の訳者なのか作者なのかは、その一文にきっと何かを込めている。裸の女性をならべるに思い当たったエピソード、あればいいのにな。と、いうにはあまりにたやすい思いつきだけど。

私はあまり本を読まない。
生物、とか、料理、とか、原材料チックなものは読むけど、創作は読まない。いつか自分が書くかも知れないことがあったらいやだから。
自分に起こってくる中で、それが生まれる必然が整ったら、それは間違いなく自分の物語だ。何にも職人でない自分の唯一の楽しみは、それを伝える理由に選ばれる数百日に1日くらいのタイミングでそこにいられることだ。

それにしても、フォントとしてAの脚の部分とかさ、手枕のうつぶせの肘がぴったり!ってなんか、かわいい!
裸の女の子がこうして並んでるのって、なんかパジャマトークみたいでかわいい。ほしいなぁ・・・。シルエットで書いてみるかな。
posted by つぐみ at 15:16| 東京 曇り| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんかピュアに思いついても権利で後発の人がアウトになっちゃうなんて
特許みたいに早いもの勝ちになったらやだなー。
ピュアな意味でAの脚の部分を見ようと画面を拡大しようとしたら、ログインしろとな・・
なんだい、ピュアなのにさ・・・
でも閃きまくっちゃってドンドン作り上げていって完成させて披露したら、パクったろーって
いきなり言われたら絶対おこるよなー
そゆこと多い気がする最近。。
Posted by ディジリドゥ〜 at 2007年11月30日 20:15
ね。裸のモデルを並べるのにいくらかかると思ってるんだ!・・・まったく。いや、そんな話しでなく。
ピュアに拡大したかったのか?(笑)・・・そのピュアはともかく。

いや、まじめな話し、何か作るじゃん。そしたら画家の名前を挙げられて○○みたいだね、みたいなのが、嬉しいときもあるけど嬉しくないときもあるよな。

あと、エジソンは電球発明したけど、今世紀電球発明する運命の人は可哀想だよな。

あぁ・・・地上がやり尽くしたRPGみたいになってる・・・。

逆に1度のずれくらいのもので特許とったりしてる人みると、勇気あるなぁとか、マメだなぁとか思う。

思いつきのピュア度を測定する装置、どう??>ディジリドゥ〜
Posted by つぐみ at 2007年12月01日 00:19
まーぜんぜん違うけど真剣に写実的に描いたのにモネっぽいドガっぽい印象派だね〜と言われても嬉しかぁないやね。。
好きなアーティストに似てると言われれば嬉しいけど、それで〜っぽいとか〜みたいとか口で言われちゃうとなんかヤでない?つかガックシみたいな。

思いつきのピュア度を測定する装置は・・出来たらまさに特許もんだね。
でも、実際はウソ発見器みたいに変なタイミングでメーターがあがっちゃうようなおマヌケなモノしか出来ないような気が・・。愛嬌あるけどね。。
Posted by ディジリドゥ〜 at 2007年12月01日 19:41
そうそう、がっくし。
でも、これで人文字はメジャーになったから、今度はパロディーで打って出れば堂々とアート出来るね。

って、気持ちの問題かい、全て。

そもそも、アートは人生の遊びで潤いなのじゃ。そこに利権がどうとか言うからめんどくさいのじゃ。
大阪を見ろ!月島を見ろ!たこ焼きともんじゃの「元祖」がやまもりいるぞ!

思いつきのピュア度測定かぁ・・・。でも、何か思いつくと妙にアドレナリンでない?
変なタイミングで上がってしまうのが、どうしょうもないけど、それでもそれを信じましょうってなれば、案外当たっても外れてもなんだか結局全てを愛せそうね。愛嬌ってすげー!>ディジリドゥ〜
Posted by つぐみ at 2007年12月01日 22:31
>「元祖」がやまもりいるぞ!
わはは、そーだねぇ。
人文字なんざ小学生でもやるのに権利がどーたらというのは野暮ってもんだよねぇ。
元祖軍団に文句いう企業とかあったらカッコ悪いだけさぁ。

そう、思いついた時とかそれで最初取り掛かってる時なんかはアドレナリンでまくってるよね。
でも測るのはそのあと。
作品出来上がって測定器にかかる時は、その作品の出来いかんによってはぎゅんぎゅんメーターあがってるかシュンとしてるかになるかもね。
傑作か凡作かの単なるテンション測定器みたいになっちゃいそう。。
あ、でもパクってたら傑作でもテンション上がんないか・・・う〜ん、わかんね!
Posted by ディジリドゥ〜 at 2007年12月01日 23:41
つぐみさんは本読まないんですか!!
美しい文章の言い回しから、
かなりの読書家かと思ってました。
びっくり。

同じもの作っても
必ず個人のフィルター通してるわけで、
見る側もそのフィルターを感じるともっと面白いのに、と思ってしまう。

作る側も表面的なアイデアだけじゃなく、
そのフィルターを磨かないと。

批判するのは簡単だが、
同じ茄子でも
味も形も全く同じものは存在しないわけで、
それは茄子でありうるもの
ピカソ的だけど、
そこに一度は行きつく

その先にオリジナリティなるものがあるのか?

失礼しました
このてのネタには
反応してしまいます
Posted by souitsu at 2007年12月02日 23:53
おお〜。
夕べの傑作が今朝凡作に変わってるときもしょぼ〜んだな。アドレナリン噴出損みたいな・・・。>でぃじりどぅ〜

同じ通りに豆腐屋が軒を連ねているときみたいに、案外お題が決まってる方が平和かもなぁ・・・。

オリジナルを主張したいときが必要なのが実は問題なのかもね。

自分がきちんと認められたいとき。
うっかり価値が出ちゃいそうなとき。
ひらめいた喜びを共有したいのに既存したとき。

でも、実際、今市場でオリジナリティーがどうっていうのは、ブランディングとか言うものの付属品な気がする。オリジナリティーという言葉とブランディングと言う言葉とその正確な位置関係は突き詰めてないけど。

例えばね、

souitsuの仕事から行くと、例えば彼女に
「え?ティファニーの甲丸リングが欲しい?現物は高いからおいらが作ってやるよ、とんてんかんかん。」
みたいなとき、それでも
「いや〜ティファニーが良いのう〜」
とかいうわけよ。いかに美しい鏡面仕上げでも、それがティファニー越えてても、心こもっても、むなしいよねぇ・・。
「おま、この、甲丸をつやんつるんと手削りで仕上げるのに何年かかってると思うんだ!」

なんてこと、うっかり女子はおっぱっぴーな場合もあるじゃない?
リングもおしゃれに思うと、もうそんなに形のバリエーションなんて無くなって来ちゃう。ティファニーでなくても彼は彼女に甲丸を送りたかったかも知れないし。それが彼女には「ティファニーの偽物」とうつってしまうことがある。

まぁ、こんなことあったか無かったかっていうのはさておき、「自分自身のそこまでの道を感じて欲しいこと」を、市場のブランドは邪魔してくれちゃうわけさ。
ブランド側の「オリジナリティー」は、自信の管轄内にある権利、なんでしょうな。権利だから極端な話し「甲丸はうちのみ!」みたいな事がある。

窮屈だな。
市場で勝負しなければ自由だぞ。
その代わり沢山の人に営業しなくちゃな。

うわぁ、頭良さそうなこと言おうとすると最近支離滅裂になるな。

オリジナリティーはあるかないかでなく、逃れられないものだ。その人が好きに自分を謳歌できれば。

「君のために作ったよ(^^)」
「え〜!!めっちゃうれしい!!(><)」

こんなやりとり一つあると、頭の中の複雑な文字達は消えて無くなります。
そして、そのために、技術も大事だけど「愛される人」であることは、もっと大事なようです。こっちはもっと理不尽で大変なときもありますが。
私はこれに、良く失敗します。

どうか幸せなクリスマスを!>souitsu

Posted by つぐみ at 2007年12月07日 16:52
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